苦労と努力と自信

子供が生まれて自分の人生を振り返ることが多くなった。
振り返ったときに、自分の限界点がくっきりと見えるようになった。
限界点を見ていると、どうしても自信という不確実で数値化できない要素を見つめることになった。
その結果、自分が苦労に耐える力は持っているが、努力の結果である、自信はあまりついていないのではないかと、ふと、思った。
確かに、人からは、“努力している”と言われる事もあるが、現実感に欠ける気がしていた。
それもそのはずで、人にとって努力に見えても、能動的にその事態を捉えていない限り、それは苦労する状況に“耐えている”だけだったのだ。努力と苦労に”耐える”事は違う。
努力は創造性に富み、そこに無いものを生み出していく。しかし、耐えているだけでは、何も生み出さない。
耐えられる自分が出来上がったとしても、それは耐性が上がっただけで、あくまでも受身の力でしかない。それは、本当の自信を生み出すものではないと思う。
“やればできる”は、苦労に耐えられる力があるだけ。
“できる”は、努力してきた結果醸成された確固たる“自信”なのだと思う。
当然それらが混ざり合って、人間なのだろうが。。

自己分析

耐性 : 70/100
自信 : 29/100
諦観 :  1/100