グッドラック
○努力には限界がある事。
世の中には絶対にキレイにならない部分がある事。
対談書ってあまり読まないのだけれど、インパクトがあって単純に好き。
ただ、裏社会、裏事情って表に出てくる事に漠然と不安感がある。
裏の社会というかコミュニティが必要悪なのは解るんだけど、それが市民権を得るともうそれは裏ではなくなっちゃうからなぁ。
例えれば、アングラ音楽だと言われていたジャズが市民権を得、ヒップホップ等のダンスミュージックが市民権を得つつあるように。
ま、社会の攪拌ってどの分野にも起こるっていう事かな。
人生って短いよね。
死生観を知りたくなる。
ははは。
収監中の田中森一さん、そして俺、グッドラック。
○あとは出来る努力と出来ない努力があるって事かな。
佐藤優さんの母体である外務省、田中森一さんの母体の検察庁、それぞれでの人材評価が述べられていて、外務省の方で一番使える人材は、あっさりと外務省に入ってきた人だそうだ。余力がある、という表現がされていたと思う。大学入学に数年、外交官試験に数年掛かる様な人は、その苦労は認めるものの余力が無い、と。
それって不幸な事だよな。
自分のやりたい事って、外交官になることだったのか、外交官として仕事する事だったのか。
結局、努力は必要だけど、苦労ってしなくて良いよね。
今まで、苦労が必要だと思ってた。
そして、苦労ではない努力をする為には、その努力の先をココロの底から望めるか(好きか)、またはケツかっちんか(食う為には絶対か)どっちかが必要なんだと思う。
それ以外は、苦労に酔っちゃう気がするな。
じゃないと、世の中は“運”が大部分の努力をコントロールするっていう現実が重くのしかかる。特に性格形成に。
俺の場合だけど。
だから、好きな事やらなきゃダメだな。
それか、食う為だ、と諦めるか。
美味しいご飯と、秋晴れの素晴らしい青空、いわし雲とのコントラスト。
木々の模様替え。
それらをコントロールする風の温度。
こんな事を感じられれば、それで良いや。
生きてよう。死ぬまで。